オタク(元)弁護士の雑記帖

オタク弁護士だったけど弁護士を辞めてただのオタクになった人のブログ。

奨学金問題を唱える人の主張は、「借金から逃げ得させてあげよう!」ではない。

最近、奨学金問題に関するニュースをよく見かける。

news.tbs.co.jp

このような議論が湧きあがると、インターネットの掲示板やSNSを中心に、「借金しておいて返したくないなんてアホか」というコメントを少なからず目にする。

しかし、奨学金問題を指摘する論者の主張は、決して「借金をチャラにしろ!」という近視眼的なものではなく、もっと本質的な改革を臨むものだと思う。

奨学金問題の本質は、金融的側面と借入当事者の年齢

奨学金は、大きく分けて給付型と貸与型に分かれるが、僕のような大学にも大していかず、かといってバイトに明け暮れたり趣味に没頭しているかといえばそうでもなく、ただいたずらに時間を浪費した結果、年を取って青春を浪費したことをいまさら嘆いているおっさんのような多くの学生は給付型ではなく貸与型の奨学金を交付されることになる。

貸与型の奨学金は、よく言われている通り、「入り口は教育の側面、出口は金融の側面」という顔を持つ制度だ。

つまり、「結局は借金」ということになるのだが、貸し付けのときに審査が大してないため、借りる本人が総額や返済の具体的なイメージを把握できていないことに問題がある。

 

思い出しても見てほしい、大学1年生なんて、高校生に毛が生えたようなもんだ。

経済感覚だって、日払いのバイトをして、「うをー!1日で1万円ゲットしたうめえ!!」とか言っているのが大半だろう。僕もそうだった。

そういう世代に、「あなたが将来どのくらい稼ぐようになって、毎月どのくらい手元に残るから、どれくらいまでなら借りられるか考えてみましょう」といっても、何の教育もなしにそのようなシミュレーションができる人のほうが少ない。

それができるなら、僕だったら奨学金なんか借りずに大学を辞めて即何か事業を起こすと思う。

 

学生でも持てる丸井のカードのキャッシング上限額とはわけが違う。

施すべきは、入り口部分の「審査」ではなく「教育」

奨学金の性質上厳格な審査は不可能

では、「学歴や将来稼ぎそうな年収に応じて審査をして、与信の範囲で奨学金を貸与する」ということができるかといえば、それはもちろんできない。

将来の収入の見通しなんて立つわけがないからだ。

なので、入り口が金融の色を伴わないというのは、奨学金の制度上致し方ない。

収入連動型返済だけでも問題は解決しない

現在の問題を解決する手法として、収入に応じて月額の返済額が決まるという、収入連動型返済という方法が提案されている。

syogakukin.zenkokukaigi.net

この制度自体は、素晴らしいものだと思う。ぜひ実現してほしい。

でないと、いま現在苦しんでいる人が救済されない。

ただ、これだけでは問題の根本的ない解決にならないし、金融事情的側面が破たんしたら現在の奨学金制度が成り立たなくなるため、この制度の導入だけをもって対策とするのは、あまり現実的ではないと思う。

与信の代わりに「お金の教育」が必要では

結局のところ、根本的な問題解決には、「教育」を充実させるほかないように思う。

長い道のりだろうし、即効性もないだろう。

でも、避けて通れないことだと僕は思う。

 

高校生や大学1年生の時に、奨学金を借りる際、一応申し訳程度のガイダンスがある。

しかし、高校生までの段階で、将来のお金を計算するということをしてきている人はさほど多くない。

いきなり数百万という金額を目の前に数字として出されても、その金額の意味が分からないのは当然のことだ。

 

現代の学生は、奨学金ありきで大学に行くしかないのが現状だ。

そうである以上、大きな金額の意味や、人間は生きているだけでどのくらいお金がかかるのかなど、そういう具体的なシミュレーションができる力を、もっと早くに身につけさせなければならないように思う。

 

現在奨学金問題を提言している人たちは、いま借金に苦しんでいる人たちの救済だけでなく、こういうマクロな視点でものをとらえているはずだ。